利用者のJOです。久しぶりの投稿です。
先日、通っている手話サークルで、コンビニの手話表現の話題になりました。片方の手で「2(指二本)」の形を、もう片方で「4(指4本)」の形をつくり、両手を体の前で輪を描くように回す——これがコンビニ全般を指す手話なのですが、そこから各チェーン店の呼び方の話に広がっていきました。
真っ先に上がったのが「ローソン」です。その手話表現について、議論らしきものが交わされました。古くからある手話単語ではないし、固有名詞ですのでほとんどは指文字で表すのですが、使う頻度が高いと自然と手話自体が出来上がります。
一番広まっている「ローソン」の表現は「ろう者」の手話に続けて「損をする」の手話を組み合わせるというもの。これが議論の始まりとなりました。
手話を第一言語とする当事者である「ろう者」が、「損をする」というネガティブな言葉との結びつき。ローソン側にとっても決して良いイメージではありませんし、突き詰めて考えれば「ろう者は損な存在だ」という差別的なニュアンスも含みます。
そこで登場するのが、この表現に違和感を持った人たちのあいだでは、「ろう者」に「尊敬(する)」を続けることでネガティブさを回避する言い方が広まっているそうです。また、トレードマークである看板の絵にちなんで「青い」「ミルク」と表す人もいると、その場にいた誰かが教えてくれました。
ちょうど話の途中で、若いろう者がサークルにやってきました。せっかくなので、それまでの議論をよそに、単刀直入に尋ねてみることにしました。「ねえねえ、ローソンってどうやってる?」
すると彼は、何のためらいもなく「ろう者」「損」とやって見せてくれました。
みんなは一様に「へえー!」という顔をし、なるほど、と思いました。
実際に使う、日々の生活のなかでは一番やりやすく、一番意味の通じやすい表現がすでに流通してしまっている。というのも、「ろう者」の手話は片手で耳と口を押さえるようにさわるだけの動作です。「損」も本来は両手を使いますが、「お金を捨てる」というイメージで、左右どちらも同じ手の形を繰り返すだけで済みます。ところが「尊敬する」のほうは、「人」を表す指を自分の目の位置よりも高く押し上げるという動作が必要で、どうしても両手をきちんと使い分けなければなりません。つまり「ろう者」「損」の組み合わせは、意味の是非はさておき、単純により速く、より楽に表現できてしまう。この「やりやすさ」が、命とも言えるのでしょう。
もちろん、新しい言葉や流行語のたぐいには、手話の協会がきちんと標準を定める場合もあります。そうでなければ地域や世代によって表現がばらばらになり、通じ合えなくなってしまうからです。けれど今回のように、誰に決められたわけでもなく、ただ自然に、生きた言葉として流通していくものもある。文化の上に成り立つ「言語」というものの面白さがあるのだと思います。

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